江戸芸能遊び

小唄と日本舞踊、着付けの稽古場「遊芸の稽古所・はしもと」の日々のお稽古やイベントのお知らせをしています。 「江戸の芸能で遊ぶ」楽しさをお伝えするブログです。
初心者にも分かりやすく本格的なお稽古をやってます。

着付け

こんばんは。
お久しぶりです!りかです!!
今日は仕事の合間に着付けのお稽古に行ってきました。

たまちゃん先生に着付けの弟子入り?して早・・・何年だっけ??(遠い目。笑) 
一応、着付けは卒業して、小唄の会やお茶会には着物を着て出かけています。
出かけてはいます・・が 、やはり何かの会の時にしか着物を着ないので、
着る回数が圧倒的に少なく、本当の意味で着付けが身についているという感じではないのです。
なので、着付けに行き詰まった時にたまちゃん先生のところに伺って、
復習したいところを重点的に教えていただくというわけです。笑 
今回は久しぶりのお茶会で袋帯を締めた時に、あれ??なんか変???と
違和感があって、袋帯の二重太鼓を復習してきました。

たまちゃん先生のところのお稽古場にはいろんな和のお稽古があります。
いろんな伝統芸能に触れることができます。
それだけでも魅力的なのに、
着付けに迷えば、卒業してもいつでも復習ができるのです。笑

今日は帯結びだけなので、洋服の上から手順の確認。ちょっぴりおかしなスタイル。笑
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お口直し(?)にたまちゃん先生の素敵な後ろ姿♪
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銀座和光の化粧室にて、
「あら、着崩れてますよ。直して差し上げましょう」と品の良い奥様。
されるがままに直していただき、お礼を言ってその場を離れたけれど、
 これでは電車のつり革にも手が届かない。
身八つ口のうしろ側を引っ張り出してホッとした。
どこかの着付け教室で習ってきたんだろうけど、まぁ窮屈なことで…
 これは、お師匠さんの体験談。

 なるほど、日常的にキモノを着ない人には動作のための布の遊びも着崩れに見えるのだろう。
 件の奥様は、キモノを着て電車のつり革に掴まったことがないのかもしれない。

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 お師匠さんの日常着は踊りの稽古着物である。
男のカタチを踊る立役(男形)だから
「橋弁慶」のように大長刀を振り回すような稽古もする。
キモノで何でも出来る。
出来るような着付けをする。
 シワひとつない着付けでは、じっとしているしかない。

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 キモノが日常着でなくなってからは、雑誌に載っているカタログ写真のような着付けをお手本と思う人も多いらしい。
 雑誌に掲載するキモノは、仮縫い状態のものもあり、特殊な着付けを要する。
また、柄行きを見せるために褄先を上げずに着せたりもする。
シワが映らないように紙を入れたり、クリップで留めたり。
 撮影着付けの先生方は、さまざまな技術がないと務まらない。

 そんなわけだから、キモノ雑誌みたいな着付けができないからといってガッカリすることはない。
動いてできる自然な弛みを着崩れと思うこともない。

ご自分の個性に合わせて、着心地よくキモノを楽しんでほしいものだ、と歌舞伎座の地下広場で待ち合わせの人々を眺めつつ、思う。

タマ(^^)

 子どもの頃から、着物を着たら背中の真ん中に帯の結び目があるのは当たり前で、それを痛いとか帯がイヤだとか思ったことが無いのは親の着付けがコナレタものだったからかもしれない。

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 まだ、お太鼓帯をちゃんと締められなかった頃、背中で帯を挟んで止める式の枕乗せを親からもらった。
後ろで結ばずに済むから楽なんだけど、中身は金物なので、歌舞伎なんかで長い時間腰かけていると背中が痛い。
 これじゃ具合がわるい、と思って洋服の上に帯を巻いて何回も結ぶ稽古をした。
 なんとか結べるようになっても、ときどき帯を余計に捻って結び目が大きくなり、背骨にあたって痛い。
 不器用なので苦労したけれど、その後、美容師さんに着付けを教えることになり、着心地に気を付けるよう伝えるのに役立ったと思う。

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 お稽古場を運営するようになって15年、踊りや小唄のお稽古に来る方々に着付けを教えているけれど、後ろで帯を結べなかったケースは皆無なので、そんなに難しいことでもないのだと思う。

 帯は、とにかく結びさえすれば、下側がきゅっと締まってお腹が収まり、上側に余裕ができて呼吸も楽、お腹一杯食べられる。
スマホやらSuicaやらサッと出したいものを挟めるから、なんなら手ぶらで出掛けられる。
実に便利。

嘘じゃない。
タマ(^^)/


腰紐一本で、体に合わせて着られるのがキモノの良いところと思うのだけど、そこにはやはりコツと慣れが要る。
 習ったところで慣れないことには身に付かない。

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 最初のうちは、考え考え、あっち見たりこっちが気になったり、体を動かしながら着るものだから、ぐちゃぐちゃだった写真のお二人も、慣れて、無駄に動かず雑談しながら着られるようになり、キモノが身に付いてきた。

 いつだったか、他所の踊りのお稽古から戻ってきたお師匠さんが
「腰紐をウェストに締めてるんだもの。
あれじゃあカタチにならない。
どうしてあんなところに締めてるんだろう」と、嘆いていた。

 腰紐の位置は、昭和30年ごろ婦人雑誌などで「ウェストに締めるのが今風」という啓蒙活動?があったようで、今ではウェストにタオルを巻いて紐を締めるのが一般的な着付けになっているように思う。

 そういわれても、唄ったり踊ったりするには、腰紐は腰になくちゃ都合がわるい。
ウェストで締めた紐は横隔膜を上げ下げする呼吸には邪魔だし、お腹が空いたらゆるんでしまう。しかも締め直せない。
おはしょりを捲って締め直せるような位置にないと困ってしまう。

 直線縫いの布を纏うのだから、左右の褄先を上げないと裾が広がってしまうし、衿周りにはある程度のゆるみがないと動けない。
体に合った加減がわかるには、やはり慣れるという方法が回り道のようで近道だと思う。
 
着心地よく着られるように、この秋は着なれる稽古をもうひとつ工夫をしようと思う🎵

タマ

夏のおさらい会が無事に終わって、浴衣のお役目も八月でおしまい。
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温暖化で、衣替えのルールもそのうち変わるのかもしれないし、自分勝手な普段着は気候に合わせて適当に、今時分はあまり透けない夏の着物で暑苦しくないように過ごしているけれど、さすがに浴衣は着ない。
九月の浴衣はやはり色褪せてみえる。

 花柳章太郎の衣装写真集に、泉鏡花の小説を舞台化した「瀧の白糸」の、首抜きの浴衣姿があったけれど、美しくて何かうすらさむい様子が、このあとの悲しい展開まで想像させる。
小説では、たしか浴衣に赤ゲットを羽織って出掛けるんだった。
金沢は夏でも夜は寒いのかな。
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小唄「瀧の白糸」

 楽屋をぬけて橋の上
肌に冷やつく縮緬浴衣
扇づかいも水藝の御目通り
笑顔で隠す今宵の別れ
浮世のせぜを啼き渡る
あの夜烏も旅の空
月に更けゆく遠あかり

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さて、衣替えだけど、
たしかに手間はかかるが、気持ちに区切りがつく。
夏が過ぎて、袷になる前に少し慌てぎみに半襟をかけたりすることで、ちょっと気分が上がる。
シチメンドクサイと思えばそれまでだけど、簡単便利ばかりでは損な気もする。
こう言うと、よほど針仕事が上手そうだけど、ぜんぜん駄目。
運針すら覚束ない。
それでも、何年も何十年もやってるうちに、自分好みの衿の掛け方なんてものができてくる。
肩幅が広いとか、首が短いとか、短所を少しでもカバーしようと工夫する。
人に見せるところではないから、縫ってありゃいいわ、てな不真面目な縫い目でも間に合うこと。
昔はみんなそうしたものだったんじゃないかいな。
学校みたいなところで教わるからシチメンドクサイことになってるんじゃないかな。

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