江戸芸能遊び

小唄と日本舞踊、着付けの稽古場「遊芸の稽古所・はしもと」の日々のお稽古やイベントのお知らせをしています。 「江戸の芸能で遊ぶ」楽しさをお伝えするブログです。
初心者にも分かりやすく本格的なお稽古をやってます。

2018年05月

お師匠さんのお師匠さん、
西川鯉三郎師の振付けは、二、三分の短い小唄振りであっても、お芝居の一場面みたいに人物がくっきり描かれている。
 ‎だから、見るのは楽しいけれど…踊るのは難しい。
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[西川春喜久師「春霞ひくや」]
小唄で踊るときは役の扮装をするわけではないので、
例えば、助六の踊りなら歌舞伎の型を再現できないと何の踊りだかわからない。
 お稽古では、ひとつひとつの振り付けの意味を知って、正確に組み立てる。
「水差し」であれば茶筅を振る親指と人差し指の幅やお茶碗に添えた手の形ひとつで本当にも嘘にも見える。
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[西川春喜久師「鶴次郎」]

「鶴次郎」なら三味線の扱い、
「辰巳の左褄」では盃を持つ形と相手との距離が大事。
盃で呑む仕草が茶碗酒に見えてはいけないし、相手の居所をはっきり設定できていないと何をしているのか分からない。

ひとつひとつの振りを具体的に組み立ててリアリティをもたせる。
 たとえば、船に乗り込む振りと揺れる振りを繋げるときには桟橋があって屋形船があって川が少し波立って…と、
無いものが在るように感じられなければ表現にはならない。

稽古場で、お師匠さんの後ろについて真似をすると、何度踊っても寸分の狂いなく三味線の間にピッと合うゆるぎ無さに、こちらも気分よく、いざ一人で立ってみると「ありゃ、出来ない」となる。

 吐き気がするほど音源を聴いて聴いて、そこからもうひとつ我慢して聴きなさい、と。
 確かに、そうこうしているうちに気がつけば自分のカラダの居所みたいなものが身についてくる。

キモノの着こなしでも、三味線でも「慣れる」という学習法に近道はない、と肝に銘じて精進、精進。

タマ


待ち遠しいなんて思っていたら、もう下町連合渡御のポスターが…
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日本橋から京橋辺りのオフィス街も御祭礼の提灯などの準備も始まり、清水建設本社前には京橋宝町会の奉賛芳名板。
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日吉さん御祭礼 所せましと氏子中
なかに勇みの派手姿
ちょっと神酒所一ぱいに
浮き立つ色の染だすき 
猿酉が 警固に手古舞はなやかに
「うみほうづきやほうづき
「えぇ山王様お祭番附
「えぇこれはお子供衆のお手遊び
 八つ八通り十三通りに変る
 文福茶釜  
 蛇の目の唐傘 角兵衛 太神楽
 馬鹿ばやし 
 ちぇちぇんちぇんちきちっち
すすきの山車でも威勢よく
揃いの半纏対のはち巻
頭が音頭でオンヤリヨウ

春日会主催の小唄ライブ
「若草ライブ」に出演させていただくことになりました。
全部で20組ほど出演します。

日時  6月9日㈯午後2時開演
会場  春日会館 2階ホール

春日とよ登喜桐(ときひさ) 唄
春日とよ登喜子(ときこ)  糸


演目「かまわぬ」
         市川 翠扇 詞
         清元 梅吉 曲

なぜに世間は
こうもうるさいもんだろうかね 
          ほっといて 

いいぢゃないの いいぢゃないの
女だって 女だって 女のしあわせ
男なんかに わかるもんか

もしも 男に生まれていたら
つがもねぇ なんて 
     とんでもないこと
わたしにゃ はずかしい

気性も荒磯 家の筋
なんと云われたって かまいません
かまわぬ かまわぬ

 九代目團十郎の娘として生まれた
市川翠扇さんの独り言のような唄です。
清元梅吉さんのリズミカルな三味線の手が面白いのですが、調子よく弾いているといつの間にか走ってしまいます…。
二人で二度目のチャレンジ。
息を合わせてガンバリマス。
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春日会館

台東区上野桜木1-5-22
上野駅公園口から徒歩12〜3分
東京芸術大学音楽学部の先、和菓子の桃林堂の次の角を左折して2軒目です。

地図は[小唄 春日会館]で検索してくださいませ。

タマ(登喜子)

もう、十年余も前のことだけれど銀座の老舗呉服店にて。
 夏帯と帯締めの組合せで迷っている友人に、番頭さんが「ぼうっとしてるのがいいんですよ」と。
…良い意味で、ぼうっとしたところのある友人なので可笑しかったが。
ホントにその通り。
 キリッと見えるかと思って強い色を効かせると、悪い目立ち方をしたり他のものには使えなかったりする。
 そうそう、番頭さんのおっしゃるとおり、ぼうっとしてるくらいのほうが品良く涼しげに見えるのです。

 ディスプレイや衣装をそのまま日常空間にもっていくと浮いてしまうのは当たり前。
 いわゆるバブルの頃、呉服店のウィンドウディスプレイや店内のレイアウト、キモノショウ等をずいぶん経験させてもらった。
 お客様の目をキャッチするために、いわば舞台装置を組んでキモノを際立たせる。
 お店を覚えてもらうのが目的。
だって、呉服店はどこも呉服店でしかないので、
それぞれのお店を「あの呉服店」と覚えてもらうことが当時の仕事だったように思う。
 キモノショウというのも華やかで、実際にはしないような着付けでショウアップもする。
キモノは同じシルエットなので動きがない、なんとかならないか、なんてオファーもあった。

 「あれ買ってどうするんだろう」と思うような数百万円の作家物やら、奇をてらったようなものも売れていたと思う…(笑)

 髪飾りをプロデュースしたことがあった。
正絹の帯地で少し傷のあるものを安く仕入れ、良いとこ取りで贅沢なリボンを作ったが、品良く仕上がったと思っても、紅い玉カンザシなどを足したほうがよく売れることがわかった。

ちょっと過ぎたモノの方が売れるのです。
 …飾りたい気分はわかるけど、ちょっと引いたほうが街の風景にもその人にも馴染みます。

 頑張らなくても、ただ似合うようにキモノを着ているだけで、
その人の「いい感じ」は自然に出てくるものだと思う。
 着付けを習いに来てくれた皆さんのキモノのコーディネートや、その人に似合うスタイリングの仕方を工夫するのだけど、
キモノを着るというちょっとした緊張感だけでも人はキレイになれるんじゃないかと、いつも思う。
 よほど洋服が似合っている人でもキモノを着ると違った美しさが現れるし、着付けのお稽古に来たときより帰るときのほうが、みんなキレイになってる。
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ふだんに着るキモノ
(^^♪いいものだな、と思う。

タマ

團菊祭夜の部。
いつもより早目に着いたら、昼の部と夜の部の入替えで大混雑の歌舞伎座前。
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どうせ待つならと、歩道の隅っこで、送ってあげる約束の團菊祭の筋書とべっ甲アメをレターパックに詰めていたら、同じく夜の部の開場を待つ品の良い奥様が、「手伝いましょうか?」と。
そんなわけで、しばし歌舞伎話。
 件の奥様、長年の音羽屋ファンとみえて「菊五郎さんの弁天小僧も久しぶり。NHKも昔みたいにもっと歌舞伎の劇場中継しなくちゃいけませんよね…」と。
 屋根の立ち回りもあるしお膝も痛いでしょう、菊五郎さんの弁天小僧はこれが見納めかな…とか、
 劇場中継も、この頃は…
どうしてそこで顔に寄っちゃうかなぁ?
ここは相手も画面に入ってないと成り立たないでしょう、と思うことも…
などと、お互いに文句も言いながら、
菊之助さんは初役続きでこれから楽しみだとか、芝居見物の前置きが面白かった…。

 昔のことを懐かしんでばかりではいけないが、かつて三階にあった古い“こげ茶色の喫茶店”ではツウのおじさんたちが、そのまた昔の七代目幸四郎やら六代目菊五郎の芝居はこうだった…なんて、傍で聞いてて楽しかったのを思い出す。
 三階の切符を買ってもらって、歌舞伎座で半日遊んで過ごした頃は劇場の中ものんびりしていた。
 壁に並んだ昔の役者の写真を見て、あのオジサンたちの話はこの人かぁ、なんて思ったり。
見たことのある役者さんが写真になったのを見て悲しくなったり。
 イヤホンガイドなんてなかったし、わけもわからず観てるだけだったけど、歌舞伎座は鮮やかな夢の国だった。

タマ

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