小唄と踊りと着付けのお稽古日記

小唄と踊りと着付けの教室「遊芸の稽古所・はしもと」の生徒たちがつづる日記ブログです!
初心者にも分かりやすく本格的なお稽古をやってます。

2016年10月

国立劇場開場五十周年だそうで、十月から年末まで「仮名手本忠臣蔵」を上演中。

 暇さえあれば芝居見物に通っていた昭和50年代。
国立劇場では、ついつい居眠り。
客席も壁も殺風景で芝居小屋の明るさがなく、通し狂言のせいか退屈な場面もあって、座り心地が良い。
そんなわけで、うつらうつらと夢と芝居が相互乗り入れしてしまう。
それはそれで幸せなひとときだった。

「鏡獅子」 西川春喜久師
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 当時の踊りの会では、お師匠さん(西川春喜久師)の「鏡獅子」が一番印象に残っている。
品がよくて立派で、役者衆の踊りよりも柔らかくて繊細、しかも力強くて女性とは思えないところもあった。(そう言うと、ご本人は複雑そうなお顔になるけど、ほめてるつもり)
 まさか、後に踊りを教えてもらえるとは思いもしなかった。

国立劇場前庭
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 独立行政法人になってからは、売店のお弁当の種類が増え、
春にはお庭で花見ができるようになり、お茶などお世話をしてくださる職員の方々の慣れない感じがまた新鮮で、
殺風景だった壁には赤い提灯が並んだ。
やたらな通し狂言はなくなって芝居が分かりやすくなり、チラシのデザインがおしゃれになった。
ずいぶん変わった。
楽しい場所になった。
 最高裁判所の隣りという地味で偉そうな場所にあって、アクセスもイマイチなのが弱点だけど、
入場料は割安で面白い企画物もあり、お正月の菊五郎劇団のお芝居はとくに楽しいと思う。


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 個人的には春日会の記念公演で小劇場に出演させてもらったり、踊りの会ではお師匠さんの楽屋のお手伝いで度々お世話になっているところ。
     「藤間豊之助の会」楽屋にて
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 さて、11月の「仮名手本忠臣蔵」
菊之助さんのおかるは美しいだろうなぁ。
「色に耽ったばっかりに」と、菊五郎さんの勘平腹切り。
一力茶屋の吉右衛門さん(由良之助)、
雀右衛門さん(おかる)と又五郎さん(平右衛門)兄妹の取り合わせも新鮮。

大入りとなりますように。
タマ

銀座和光の化粧室にて、
「あら、着崩れてますよ。直して差し上げましょう」と品の良い奥様。
されるがままに直していただき、お礼を言ってその場を離れたけれど、
 これでは電車のつり革にも手が届かない。
身八つ口のうしろ側を引っ張り出してホッとした。
どこかの着付け教室で習ってきたんだろうけど、まぁ窮屈なことで…
 これは、お師匠さんの体験談。

 なるほど、日常的にキモノを着ない人には動作のための布の遊びも着崩れに見えるのだろう。
 件の奥様は、キモノを着て電車のつり革に掴まったことがないのかもしれない。

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 お師匠さんの日常着は踊りの稽古着物である。
男のカタチを踊る立役(男形)だから
「橋弁慶」のように大長刀を振り回すような稽古もする。
キモノで何でも出来る。
出来るような着付けをする。
 シワひとつない着付けでは、じっとしているしかない。

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 キモノが日常着でなくなってからは、雑誌に載っているカタログ写真のような着付けをお手本と思う人も多いらしい。
 雑誌に掲載するキモノは、仮縫い状態のものもあり、特殊な着付けを要する。
また、柄行きを見せるために褄先を上げずに着せたりもする。
シワが映らないように紙を入れたり、クリップで留めたり。
 撮影着付けの先生方は、さまざまな技術がないと務まらない。

 そんなわけだから、キモノ雑誌みたいな着付けができないからといってガッカリすることはない。
動いてできる自然な弛みを着崩れと思うこともない。

ご自分の個性に合わせて、着心地よくキモノを楽しんでほしいものだ、と歌舞伎座の地下広場で待ち合わせの人々を眺めつつ、思う。

タマ(^^)

お師匠さんの踊りの師匠は、最初が藤間藤子師、のちに西川鯉三郎師。
それからもう一人、家庭教師のような存在として坂東八重之助師。

 八重之助さんは女形でしたがとんぼが好きで、隠れて稽古していたところを六代目菊五郎に認められ、劇団の立て師として活躍されました。
 とんぼの指導や新しい立ての工夫、また、立ての型を絵に起こして記録に残し、
立て師として初の人間国宝に指定された方です。

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 写真は、清元の「子守」。
まだ十代前半のお師匠さんの後見を八重之助さんが務めています。
清元初栄太夫と、二人の師匠に見守られての舞台です。

 さて、この八重之助さんのお稽古、なかなか終わらないお稽古だったそうで、何べんでも「はい、最初から」と繰り返す。
 夏ならショートパンツにランニングシャツという菊五郎劇団通りの、(六代目の薫陶を受けた方ならみんな、藤間流家元の先代尾上松緑さんも、西川鯉三郎師も同じように裸で教わったのだそうです)
骨格から厳しく教え込む伝統に則った稽古スタイルです。

 同じところを繰り返し繰り返しの稽古で、とうとう、八重之助さんの家のネダを踏み抜いてしまった。
 あれは、
「三社祭」と「まかしょ」の稽古だった、と。

 10年ほど前、国立大劇場にて、
「橋弁慶」でのお師匠さんの長刀の扱いには惚れ惚れしましたが、
 こりゃ、やはりネダを踏み抜くほどの稽古なくしてこうはなるまい、と思ったもの。

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 ところで、お師匠さん、お稽古中に「やや、ね。」って口癖みたいに仰いますが、もとは八重之助さんの口癖らしいです。
「まあまあできた」なのか、「少しはわかったらしい」なのか、微妙なところ。

タマ

 秋の夜長ともなれば月はどこに出てるかな、なんて思う。
 立待月に居待月、満ち欠けする月にいろんな名前をつけて、なにかというと月を眺めていた、源氏物語の頃の月を観てみたい。

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 写真は、清元の「月」
幕開きの、お師匠さんの後ろ姿。
舞台は歌舞伎座。

 昔々から月を眺めてもの思う、その月の下の様々な人を一人で踊り分ける素踊りです。

 真澄の月、少し遠くに須磨の波音。
 平家琵琶、嵯峨野の月に透き通る笛の音。
 名月は座頭の妻の泣く夜、と詠む句。
 隅田川の船に乗り込む芸者、盃に映る月。
 鎮守の森の村娘と
 月明かりにおどけて踊る若者。
それを見守るカカシ。

物語のなかに引き込まれるような、西川鯉三郎師による作舞。
田中青滋 作詞
清元栄寿郎 作曲
初演は昭和28年の鯉風会。

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